静岡大学国際連携推進機構

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留学プログラム

交換留学

ソフィア大学(ブルガリア)

  • 留学期間:2025年9月~2026年3月
  • 学部等:農学部

【授業】
 私は1学期間に専門科目の他に体育やブルガリア語の授業も含めた、6つの授業を履修しました。
当初とても驚いたのは、専門科目の授業が生徒1〜3人といったとても少人数だったことです。
2つの科目はマンツーマンでした。学部の留学生が5人程度なのに留学生向けの授業が数えきれないほど開講されていたためこのような状況が発生していたのだと思います。
とにかく授業中は、とても濃密な時間を過ごすことができました。少人数ゆえに、質問もし放題で、教授も「あなたがもっと知りたいと思ったことは言ってね、深掘りをしよう」といったスタンス。とても貴重な機会に恵まれました。とても熱心に教えてくださる教授ばかりで、期待に応えられるか不安やプレッシャーもありましたが、自分なりに努力することができました。

      

▲理系棟、実験の様子

【住居】
 大学からバスと地下鉄で約25分のところにある寮に住んでいました。建物自体は古いですが、私の住んでいた階は近年リフォームが行われたらしく、綺麗で虫も出ませんでした。最も良かった点は冬、建物がとっても暖かかったことです。私は寒さが苦手で、留学の唯一の心配事はヨーロッパの風の寒さに耐えられるか、ということでした。部屋や建物内には集中管理のヒーターがあり、24時間常に稼働していました。そのヒーターがとても強く、温度調節もできなかったため、時には暑すぎて窓を開けて調節するほどでした(環境にはとても良くないですが)。そのため、部屋の中では外気温が零下でも半袖や半ズボンといったようなとても薄着で過ごすことができていました。

▲寮

【食事】
 乳製品を使った料理がとても多いです。そしてヨーグルトソースがあちこちに登場します。初めはヨーグルトをデザートとしてではなく料理のソースとして頂くことに抵抗がありましたが、初日で慣れ、大好きになりました。そしてそれ以降は肉料理や味の濃いものを食べる時には欠かせない存在となりました。
 スーパーではお米が売られています。種類が20種類程度あり、日本米も購入できます。令和の米騒動で話題になっていましたが、確かに日本より日本米がお安く買えました。

【気候】
 私が訪れた9月上旬はまだ暑く、下旬ごろまで半袖で過ごしていました。レストランでもテラス席がとても賑わっていました。そして1.2月にはやはり最高気温が2.3度の日も多く経験しました。しかし、大学や店内、部屋、そしてバスや地下鉄の車内がとても暖かかったため、同じ2.3度でも体内の蓄熱がある分日本より暖かく感じました。
寒さに怯え、日本から暖かい下着をたくさん持って行っていましたが、ほとんど使いませんでした。なぜなら前述の通り、建物内は暖かかったため、着脱できないものは不便で必要もなかったためです。暖かいダウンの方が重要です。

【文化の違い】
 情報伝達やコミュニケーションの手段として、電話の優先順位が日本に比べて高いように感じました。
 日本では、相手のタイミングに気遣い、メールなどのメッセージでのやり取りが多いと思います。しかし、私が出会ってきた多くのブルガリア人は、仕事や友達とのコミュニケーションに電話をたくさん用いていました。講義中の教授のスマホに電話が鳴ることも数回あり、その度に授業が中断されました。それでも電話を多用するのはとても良い文化だなと思います。伝えたいことを伝えたい時に伝えることができ、メッセージより正確に伝えやすいからです。
 私もTPOをわきまえた上で電話を選択する機会を増やそうと思いました。

【現地での生活環境・街並み等】
 治安はとても良いように感じました。大事にしていたアクセサリーを駅の構内で落としてしまった時は近くにいた人が教えてくれました。カフェでパソコンを広げ作業している人も日本並みに見かけました。街並みは、「どこを切り取っても綺麗」とまでは言えませんが、ヴィトシャと呼ばれるソフィア郊外にある2292 m の美しい山をあちこちから眺めることができます。

【今後の課題】
 留学で培った、主体的に学ぶ姿勢を忘れず挑戦し続けることです。
 留学中は、自分は何を学びたいのか、何を得たいのかを常に考え、それに向けて行動していました。その背景には、自分から求めなければ、得られるはずのものも得られないと実感していたというのもあります。
帰国してから始まった3年生の授業は、留学で取れていない1学期分の単位を巻き返そうと数をとっているのもあり、とても忙しいです。時間や課題にのまれそうになることもありますが、常に目的と向上心を忘れずにいたいと思います。

▲ ブルガリアでのハイキング

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